2026年8月23日 聖霊降臨節第14主日 使徒言行録 14章8~20節

リストラに、足の不自由な男が座っていた。生まれつき足が悪く、まだ一度も歩いたことがなかった。この人が、パウロの話すのを聞いていた。パウロは彼を見つめ、いやされるのにふさわしい信仰があるのを認め、「自分の足でまっすぐに立ちなさい」と大声で言った。すると、その人は躍り上がって歩きだした。群衆はパウロの行ったことを見て声を張り上げ、リカオニアの方言で、「神々が人間の姿をとって、わたしたちのところにお降りになった」と言った。そして、バルナバを「ゼウス」と呼び、またおもに話す者であることから、パウロを「ヘルメス」と呼んだ。町の外にあったゼウスの神殿の祭司が、家の門の所まで雄牛数頭と花輪を運んで来て、群衆と一緒になって二人にいけにえを献げようとした。使徒たち、すなわちバルナバとパウロはこのことを聞くと、服を裂いて群衆の中へ飛び込んで行き、叫んで言った。「皆さん、なぜ、こんなことをするのですか。わたしたちも、あなたがたと同じ人間にすぎません。あなたがたが、このような偶像を離れて、生ける神に立ち帰るように、わたしたちは福音を告げ知らせているのです。この神こそ、天と地と海と、そしてその中にあるすべてのものを造られた方です。神は過ぎ去った時代には、すべての国の人が思い思いの道を行くままにしておかれました。しかし、神は御自分のことを証ししないでおられたわけではありません。恵みをくださり、天からの雨を降らせて実りの季節を与え、食物を施して、あなたがたの心を喜びで満たしてくださっているのです。」こう言って、二人は、群衆が自分たちにいけにえを献げようとするのを、やっとやめさせることができた。

ところが、ユダヤ人たちがアンティオキアとイコニオンからやって来て、群衆を抱き込み、パウロに石を投げつけ、死んでしまったものと思って、町の外へ引きずり出した。しかし、弟子たちが周りを取り囲むと、パウロは起き上がって町に入って行った。そして翌日、バルナバと一緒にデルベへ向かった。

目次

<説教> 「同じ人間」

今日お読みいただいた聖書の箇所は、バルナバとパウロの第一次宣教旅行での出来事です。リカオニア地方のリストラという町が舞台で、ここは小アジア、現在のトルコの南部あたりにあった町で、パウロの同労者であるテモテの出身地でした。おそらくは異邦人が多い町で、当時の公用語であったギリシャ語だけでなくリカオニアの方言が話されていたそうです。

パウロがイエス・キリストに倣って癒しの奇跡を行ったことから騒動が起こります。リストラの人々は「神々が人間の姿をとって、わたしたちのところにお降りになった」と勘違いしたのです。彼らはバルナバをギリシャ神話の最高神で雷と雨の神とされるゼウスと呼び、パウロを伝令の神とされるヘルメスと呼びました。この当時、古代世界において、神々が人間の姿に化けてやってくるという事は普通に受け入れられることだったようです。

えーっと思うかもしれませんが、新約聖書の舞台は今から約2000年前です。日本で言うなら弥生時代の後期で、登呂遺跡に人が住んでいたような時代、北海道だと続縄文文化の時代だと考えれば、無理もありません。それに、日本でも150年ほど前まで妖怪の存在が普通に受け入れられていましたし、今日だって、パワースポット巡りや占い、ジンクス、先祖の祟りや幽霊、偽科学や陰謀論などを本気で信じている人もいますよね。

また、この地域にはもともとゼウスとヘルメスにまつわる神話がありました。古代ローマ帝国の初期に活躍したオウィディウスという詩人が記した『変身物語』に収録されている「フィレモンとバウキス」という物語です。

それはこんな話です。昔々、この地方にフィレモンとバウキスという貧しいが敬虔な老夫婦が住んでいました。そこへ二人の見知らぬ旅人が宿を求めてやってきます。他の人々には冷たく追い返されましたが、フィレモンとバウキスだけは温かく迎え、貧しいながらも精一杯のもてなしをします。

さて、食事が進みますが、何かがおかしい。ワインを注いでも注いでも無くならないのです。実はゼウスとヘルメスが人々の善良さを試すために人間に化けてやってきたのでした。ゼウスとヘルメスは彼らをもてなさなかった他の村人たちを洪水で滅ぼし、フィレモンとバキウスにはその善良さに報いたという物語です。

なんとなくノアの方舟の物語に似ていますね。ともあれ、癒しの奇跡を見た人々は、バルナバとパウロに人間を超えた力が働いていることを感じ、このフィレモンとバキウスの物語を思い出したのでしょう。だから、バルナバとパウロに対して、この物語と同じようにゼウスとヘルメスが人間に化けてやって来たと思ったのです。そして粗末に扱っては祟りがあると思ったのかもしれません。その町にあったゼウス神殿の祭司までも、牛を生け贄に奉げようと曳いてきます。はじめはリカオニアの方言が分からず、何が起こっているのかわからなかった二人も、ようやく自分たちが異教の神々と勘違いされて祀られようとしていることに気が付きました。

『使徒たち、すなわちバルナバとパウロはこのことを聞くと、服を裂いて群衆の中へ飛び込んで行き、叫んで言った。「皆さん、なぜ、こんなことをするのですか。わたしたちも、あなたがたと同じ人間にすぎません。あなたがたが、このような偶像を離れて、生ける神に立ち帰るように、わたしたちは福音を告げ知らせているのです。この神こそ、天と地と海と、そしてその中にあるすべてのものを造られた方です。神は過ぎ去った時代には、すべての国の人が思い思いの道を行くままにしておかれました。しかし、神は御自分のことを証ししないでおられたわけではありません。恵みをくださり、天からの雨を降らせて実りの季節を与え、食物を施して、あなたがたの心を喜びで満たしてくださっているのです。」こう言って、二人は、群衆が自分たちにいけにえを献げようとするのを、やっとやめさせることができた。』

服を裂くというのは、悲しみや怒り、嘆き、そして神さまへの冒瀆が行われた時などに行われたもので、心が裂けるような深い悲しみを表現する行為です。古代の東地中海・西アジア一帯で広く行われていた風習で、今日のユダヤ教でも葬儀の際に服を裂くという風習があるそうです。バルナバとパウロは深く悲しみ、服を裂いて、二人を祭り上げようとする民衆の中に入り、叫びながら、説得し、なんとかやめさせることが出来ました。二人の目的はイエス・キリストの福音を伝えることです。祭り上げられそうになっているなら、それを利用すればいいのにと思う方もいるかもしれません。

でもそれは神さまのしてくださっていることを盗むような行為です。時に牧師や神父といった宗教者が陥りやすい罠かもしれませんね。そして神さまに栄光を帰することを忘れるならば、自分が凄いのだと誇るならば、カルト宗教の教祖のようになってしまうでしょう。たとえ癒しの奇跡を行えたとしても、預言や教師といった賜物があったとしても、それはすべて神さまからのものにすぎません。だから、神さまに感謝こそすれ、自分を誇るようなことではありません。種を蒔き、水を注いだとしても、成長させてくださる神さまがおられなければ何にもならないのです。

お名前は忘れてしまいましたが、戦時中の日本に、海外から来られた女性の宣教師がいたそうです。

当時、キリスト教は「敵性宗教」として差別され弾圧を受けていましたから、とてもご苦労されたことと思います。でもその方はめげず、いつもどんな人にも親切で、感謝されていたそうです。でも、人に感謝されるたびに、「私ではない、神さまです」と言い、栄光を神さまに帰しておられたのだそうです。立派だなと思いますし、この人に今日のお話のパウロと通じるものを感じます。

「わたしたちも、あなたがたと同じ人間にすぎません」と叫んだバルナバとパウロ。彼らは、誰かを神格化することによる危険性を良く知っていたのだと思います。誰かを特別視することは、その反面で、誰かを貶めることに繋がります。この人は特別で、この人は特別でないと見做すことになります。人は神さまになることはできません。イエス・キリストは神さまが人になってくださったのです。人は神さまになることができず、だからこそ、人はどのような人も神さまの前で平等なのです。

すべての人が、「同じ人間」である、というところから平和は始まります。戦時中、日本は敵国の人間を鬼畜米英と呼び、鬼や畜生として同じ人間と呼びませんでした。被占領地・植民地の人々を土人と呼んで下に見ていました。アメリカ側もジャップなどと呼び、日本人やアジア人を馬鹿にしていました。自分と違う悪い奴だ、自分より劣った存在だ、自分たちとは違う存在だと思い込まなければ、相手を攻撃することなんてできないのでしょう。戦場で瀕死のアメリカ兵が「ママ」と呼んでいるのを見て、初めて自分と同じ人間だと気が付き、自分のしたことを後悔したという日本兵の話をきいたことがあります。

自分と違う人間だとして、誰かを上に見たり、下に見たりするところから差別が始まり、憎悪が始まり、戦争や殺人、虐殺が始まります。30年程前にアフリカのルワンダで起こったフツ族によるツチ族への虐殺では、ラジオによる扇動がきっかけだったそうですが、そこでは「国家の敵」、「ゴキブリ」と呼び、攻撃を呼びかけていたそうです。他者を自分と同じ人間見なそうとしない、そのことから重大な犯罪が起こります。

これは遠い過去のことではありません。今日でも、パレスチナ人を攻撃するイスラエル人の中には、パレスチナ人を「ビースト」と呼んで差別する人がいます。この日本でも、在日外国人に対して酷い差別的な言葉、ヘイト・スピーチをする人がいます。先日、この北海道でもミャンマーから来た特定技能外国人への虐待が報道されていましたし、また江別でもパキスタン人宅への放火が報道されていました。差別は人の心を歪め、人に重大な悪を犯させます。

でも本当は、みんな「同じ人間」です。優劣なんかありません。攻撃していい人なんてだれ一人としていません。みんな神さまの前では等しく罪人であり、同時に等しく罪を赦された、神さまに愛されている大切な人です。また今日、脳科学においても、男女の脳に基本的な違いはないという結果が出ており、遺伝学においても「人種」というものは存在しないほどの違いでしかなく、社会が造った「概念」にすぎないということが一般になっているそうです。「ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません」という聖書の言葉は現代でも色あせることはありません。

特定の人間や、国家や民族といった「幻想の共同体」、富や権力などといった偽りの神・偶像を拝むことの危険性と、ただ唯一の神、愛である神さまに目を向け、イエス・キリストに従うことの大切さを感じます。

さて、これで騒ぎが収まったかと思ったら、今度はアンティオキアとイコニオンという別の町からユダヤ人たちが追いかけてきて、民衆を扇動し、パウロに石を投げつけました。石打ちというのは、今日でもたまにある習慣だそうですが、こぶし位の石をぶつけて殺す私刑、リンチです。彼らはパウロもユダヤ人ですが、彼らはパウロが自分たちユダヤ教の異端者だと考えて殺しに来たのです。

神さまは「殺してはならない」と言っておられるにもかかわらず、神さまに代わって神さまのために罰を下そうという誤った宗教的な熱心さの現れです。パウロ自身、復活したイエス・キリストに出会うまでは、同じようなことを他のキリスト教徒に対して行っていました。しかし、復活したイエス・キリストに出会って、自分が間違っていたことに気が付かされたのです。私たちは過ちを犯してしまう。私自身、振り返ると差別心があったと反省することが多々あります。でも、気づき、やり直そうと願えば、神さまはやり直す機会を与えてくださるのだという事を、パウロ自身が証し励ましてくれています。

それにしても、町の人々はなぜ簡単に扇動されたのでしょう。つい先ほどまで、バルナバとパウロを神々かと崇めようとさえしていたのに…。でも、分かる気もします。期待をかけた人が自分の思い通りならなければ、裏切られたと感じる。そんな経験は誰にでもあるのではないでしょうか。それは自分が一方的に思いをかけたに過ぎないのに、勝手に期待し、勝手に幻滅し、憎しみを向ける。扇動された人たちもそうだったのかもしれません。

パウロは石を投げられ、昏倒したパウロは、死んだと思われ、町の外に捨てられてしまいました。しかし、命は助かっていました。酷い目にあった、死んだことにして町を離れよう。私だったらそう考えると思いますが、パウロは再び町の中へ入りました。彼を殺したと思っていた人々は、彼が死んでいなかったことにさぞ驚いたことでしょう。

中世のヨーロッパでは、死刑にしたはずの人が生きていた場合、そこには神さまの意思があるのではと考えて、死刑を取りやめるという事があったと聞いたことがあります。もしかしたら、ここでもそのような考えが働いたのかもしれません。神さまの罰を恐れて、それ以上は手を出さなかったのかもしれません。

もしくは、石をぶつけられ、血まみれ、怪我だらけのパウロを見て、自分たちがしでかした罪をまのあたりにして、恐ろしくなったのかもしれません。今日の日本でも、残念ながら死刑制度が残っていますが、死刑囚とされた人は目隠しをされ、また刑務官たちも誰が最終的に死刑執行のボタンを押したのか分からなくされていると聞きます。人を殺すという事はそれくらい重いことで、まともな心では行うことが出来ないのです。本来、人は人を殺すように神さまから造られていないのだと思います。だからこそ、神さまは「殺してはならない」と言っておられるのです。

パウロたちはこの後も旅を続けます。それはどれだけ迫害されようと、正しいことをしているのだから前を向きなさい、と私たちを励ましてくれます。時に社会が差別と偏見などの熱狂に飲み込まれている時、正しいことであっても、それを語ったり為したりすることが難しいことがあるかもしれません。でも、キリストに従う私たちは、どんな時も前を向き、どんな人も「同じ人間」であることを忘れず、歩んでいきたいと願います。

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