2025年6月22日 聖霊降臨節第3主日  使徒言行録 17章22~34節

パウロは、アレオパゴスの真ん中に立って言った。「アテネの皆さん、あらゆる点においてあなたがたが信仰のあつい方であることを、わたしは認めます。道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえ見つけたからです。それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それをわたしはお知らせしましょう。

世界とその中の万物とを造られた神が、その方です。この神は天地の主ですから、手で造った神殿などにはお住みになりません。また、何か足りないことでもあるかのように、人の手によって仕えてもらう必要もありません。すべての人に命と息と、その他すべてのものを与えてくださるのは、この神だからです。神は、一人の人からすべての民族を造り出して、地上の至るところに住まわせ、季節を決め、彼らの居住地の境界をお決めになりました。これは、人に神を求めさせるためであり、また、彼らが探し求めさえすれば、神を見いだすことができるようにということなのです。実際、神はわたしたち一人一人から遠く離れてはおられません。皆さんのうちのある詩人たちも、

『我らは神の中に生き、動き、存在する』 『我らもその子孫である』と、言っているとおりです。 わたしたちは神の子孫なのですから、神である方を、人間の技や考えで造った金、銀、石などの像と同じものと考えてはなりません。さて、神はこのような無知な時代を、大目に見てくださいましたが、今はどこにいる人でも皆悔い改めるようにと、命じておられます。それは、先にお選びになった一人の方によって、この世を正しく裁く日をお決めになったからです。神はこの方を死者の中から復活させて、すべての人にそのことの確証をお与えになったのです。」

死者の復活ということを聞くと、ある者はあざ笑い、ある者は、「それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう」と言った。それで、パウロはその場を立ち去った。しかし、彼について行って信仰に入った者も、何人かいた。その中にはアレオパゴスの議員ディオニシオ、またダマリスという婦人やその他の人々もいた。

目次

<説教> 「アレオパゴスの丘で」

今日の舞台はギリシャのアテネにあるアレオパゴスの丘が舞台です。パウロはマケドニアで宣教しますが、迫害を受け、アテネへと逃れてきました。

当時、アテネはローマ帝国の支配下にあり、かつての栄華は遠い昔のこととなっていましたが、それでも文化面では大きな影響力を保ち続けていたようです。

ギリシャというと哲学やギリシャ神話が有名だと思います。今日、哲学というと人間の理性を重視し、神話や宗教からは遠いように思う方もおられるかもしれませんが、ご存じのようにギリシャは多神教社会であり、宗教と哲学、人間の理性は対立するものではありません。

パウロがアテネで見たものはたくさんの偶像、多神教の神々の像でした。パウロはもともとアテネでは宣教するつもりはなかったようですが、その様子を見て憤慨し、アテネに住んでいたユダヤ人の会堂や、アテネの広場・アゴラで人々にイエス・キリストの福音について語り始めました。

さすがはアテネ、多くの哲学者を輩出してきた都市だけあって、多くの人々が討論を好んでいたようです。しかし、彼らにはパウロが言いたいことが上手く伝わらなかったようです。どうやら彼は「外国の神々の宣伝をする者らしい」と思われたのです。

パウロはイエス・キリストと復活について語りました。日本語とは違い、ギリシャ語には男性形と女性形、中性形があります。イエスは男性形、復活・アナスタシスは女性形なので、男女の神々について語っていると誤解されたのかもしれませんね。

彼らはパウロをアレオパゴスに連れて行き、「あなたが説いているこの新しい教えがどんなものか、知らせてもらえないか。奇妙なことをわたしたちに聞かせているが、それがどんな意味なのか知りたいのだ」と言いました。

アレオパゴスというのは、アテネの守護神とされたギリシャ神話の女神アテナの神殿であるパルテノン神殿の北西にある丘(岩山)です。古くは貴族たちの会議所として、後には裁判所として使われました。今日でもその権威は残っており、オレオパゴスというのはギリシャの議会、上院の名前になっているそうです。

この丘の西向こうには、アレオパゴスを見下ろすようにアテナの神殿がそびえ、北側には墓地があり、麓には復讐の三女神エリニュスの神殿がありました。天界の神々と冥府の死者たちに囲まれながら裁判を受けるという、アテネの人々からすればとても神聖な場所だったのだろうと思います。

ここでは殺人や神々に対する冒瀆、放火と言った重罪人が裁かれました。

なぜ裁判所に連れていかれたのかと思いますが、もしかしたらパウロはギリシャ神話の神々への冒瀆の嫌疑で連れて来られたのかもしれませんね。そのような状況の中でパウロは人々に語ります。

「アテネの皆さん、あらゆる点においてあなたがたが信仰のあつい方であることを、わたしは認めます。道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえ見つけたからです。」

実際、アテネに住む人々は信仰深かったのでしょう。自分たちが名前を知らない神々に、知らないうちに無礼を働いて祟りを受けないように、『知られざる神に』と刻んだ祭壇を設けて拝んでいたようです。

パウロ、そして私たちが信じる神さまはこの世界をお造りになった唯一真の神であり、人間が勝手に造り出した数多いる神々の一人ではありませんが、パウロはあえてギリシャの人々に受け入れられやすいように、言葉を選んでいます。

「それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それをわたしはお知らせしましょう。世界とその中の万物とを造られた神が、その方です。この神は天地の主ですから、手で造った神殿などにはお住みになりません。また、何か足りないことでもあるかのように、人の手によって仕えてもらう必要もありません。すべての人に命と息と、その他すべてのものを与えてくださるのは、この神だからです。」

神さまは、この世界と私たちをお造りになった天地の主、唯一真の神です。この世界をお造りになり、全てを超える超越者です。ですから、私たち人間が造った神殿に収まるような方ではありません。エルサレム神殿を建てた古代の王、ソロモンも言っています。

「神は果たして地上にお住まいになるでしょうか。天も、天の天もあなたをお納めすることができません。わたしが建てたこの神殿など、なおふさわしくありません。」(列王記上8章27節)

今日、私たちは教会に集い、共に礼拝します。教会は私たちの信仰をまだ神さまを知らない方々に知ってもらったり、神さまを信じる私たちが一緒に礼拝して信仰と交わりを深めるための大事な場所ですが、それはここに神さまが住んでおられるからではありません。神さまは霊であり、風のように自由なお方で、この世界のどこへ行こうとも共にいてくださいます。

また、また私たち人間が何かお世話をしなければならないようなお方でもありません。当時の神殿での祭儀は生贄の動物や捧げものをして祈るということが中心でした。しかし、真の神さまはこの世界をお造りなったこの世界の主です。この世界の全てはもともと神さまのものです。私たちの命も、私たちが所有していると思っているものも、すべては神さまから頂いているものです。ですから、神さまに足りないものはありません。私たちが何かを捧げて、その対価を得ることも出来ません。私たちが捧げるものも、神さまのものなのですから。私たちも献金しますが、それは神さまから自分望む恵みや祝福を引き出すためではありません。そうではなく、全てを頂いている神さまへの感謝のしるしとして行っています。

神さまは私たちの手を必要とされないけれども、私たちは教会での信仰を通して、他者への奉仕や宣教などの働きのために世へと送り出されます。これはどのように考えればいいのでしょうか。

聖書は私たちに、神さまは私たちの親のような方であると教えています。親は小さな子どもに何か手伝ってもらう必要はなく、自分でやった方が早いけれども、子どもたちに色々なことをお手伝いさせることで学ばせ、成長を促します。また、お手伝いを通して、子どもたちは経験を積み、自信をつけ、喜びを得ます。神さまが私たちを用いてくださるのも、私たちのためなのだろうなと思うのです。私たちは日常の中で、神さまに用いられていく中で、神さまを愛し、隣人を自分のように愛することを学んでいく。そしてそのことを、私たちの親である神さまは喜んでくださる。

神さまは私たちの親であるという考えは、ユダヤ教やキリスト教だけのものではありませんでした。ギリシャ人の詩人たちも、『我々は神の子孫である』と記しています。パウロはギリシャ語を公用語とする地域の出身でローマ帝国の市民権も持っていましたから、ギリシャの詩人たちの書物も知っていたのでしょう。私たちは神さまの子孫だというのなら、なおさら、人の手で造られたに過ぎない偶像を拝むのではなく、真の神さまを礼拝しなければならないとパウロは説きました。

「彼らが探し求めさえすれば、神を見いだすことができる」、「神はわたしたち一人一人から遠く離れてはおられません」とパウロは語っています。神はご自身を呼ぶすべての人の近くにいてくださるのです(詩編145:18)。

イエス・キリストの死と復活によって、すべての隔ての壁は打ち壊され、すべての人が神さまのもとに招かれています。そしてそのために、パウロはアレオパゴスの真ん中で、隠れることなく、ギリシャ人たちの前に、私たちの前に立っているのです。

しかし、ギリシャ人たちはパウロの言うことを受け入れられませんでした。ギリシャ人たちは霊魂の不滅を信じていました。たとえ肉体は滅びても、霊魂は永遠に残る。でも死者が復活するなんてことは信じられなかったのです。これは今日の私たちにとってもよく分かることではないでしょうか。死んで天国に行くことは信じられても、肉体をもって復活させられるなんて!そのような教えがなければキリスト教はもっと多くの人に受け入れられたかもしれません。しかし、この普通では信じられないような体の復活こそが、大事だったのです。それは、神さまの救いは、人間の力によるものではないということを私たちに教え、私たちが誰一人、神さまの前で自分を誇り、誰かを見下すことのないためでした(Ⅰコリント1章29節)。

アテネの人々は、なんて愚かなことをいうのだろうとパウロをあざ笑いました。パウロはアレオパゴスの裁判で、裁きを受けることはありませんでしたが、バカにされ、相手にされませんでした。

知恵を誇るアテネの人々は、神さまのことを受け入れられなかったのです。

アテネでのパウロの宣教は失敗でした。パウロは失意の中、その場を立ち去りました。後にパウロは、「わたしは衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安」になったと語っています(Ⅰコリント2章3節)。

しかし、そのすべてが無駄になったわけではありませんでした。その場に居合わせた、アレオパゴスの議員ディオニシオ、またダマリスという婦人やその他の人々が信仰を持つようになったのです。それは小さな種だったかもしれないけれど、神さまが確かに働いてくださったのです。

私たちの信仰生活や宣教も、なかなか成果が見えず、恐れや不安、失意に沈むこともあるでしょう。自分の非力さに打ちひしがれることもあるでしょう。でも、私たちと共にいてくださる神さまは、必ず働き、花を咲かせ、信仰を他の方々へとつなげ、共に喜ぶ時を与えてくださるのです。そんな神さまを信頼し、私たちも時が良くても悪くても、信仰の歩みを続けていきましょう。

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